スピリチュアリティとこころ
「こころ」 を対象にする限り、脳科学や医学でわかっていることだけでは割り切れないことが多々あります。 認知行動療法という現在ピカ一のカウンセリング方法がありますが ( 第14回、18回 などを参照下さい) 多分に論理的です。 理屈っぽいといってもよいでしょう。 アメリカ人によってつくられ、合理的に考え方を修飾していこうという方法はそういった人々には好まれるでしょう。
しかしこの方法を東洋人、日本人の方々に用いるにつれ、一つ気付いてくることがあります。 あまりに理詰めであることに彼らが違和感や不全感をもっていることです。 東洋的思考は論理のみでなく、それで割り切れない部分を残すことをよしとしているところがあるのではないでしょうか。 このことについては、他のカウンセラーの方々も同じ印象を持ってらっしゃるようです。
マインドフルネスと呼ばれるスピリチュアルなアプローチは、アメリカ発の認知行動療法に派生したものとして欧米でポピュラーになりました (第三世代の認知療法といわれています)。 これは、人間の考えに対して、それを一歩ひいてただ観察するという姿勢です。 呼吸法や座禅、ヨガなども用い、至ってスピリチュアルな要素をはらんでいます。 日本マインドフルネス学会は、マインドフルネスを 「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」 と定義しています。
マインドフルネス瞑想というのが代表的な技法で、原始仏教時代から実践され、2,500年以上の歴史があるそうです。 1980年代にアメリカのJ.カバットジンが医学に導入したとあります。 このような東洋発のアプローチが欧米でも浸透していっているのは不思議ですね。
スピリチュアリティについての書籍はあまたあるのでしょうが、幾つか私の少ない知識の範囲で紹介させていただきます。
1.『Untethered Soul by Michael A. Singer』 (*1)
ある方からご紹介いただき読む機会がありました。 Oprah Winfreyさんが彼女の番組 「Super Soul Sunday」 で紹介しています。
この中で、スピリチュアリティの基本的考えともいえる 「見方」 が登場します。 人間は日々 「あーだ、こーだ」 と自分の頭の中で自問自答しています。 「あの上司は嫌いだ」 「なんで自分はこんなに不器用なんだろう」 などなど。 この賑やかな活動をこの 「見方」 では、一種の箱と考えます。 箱の中に様々な言葉、思い、過去などが溢れているとイメージして下さい。 しかしこの 「あーだ、こーだ」 言っているのが自分自身とはとらえません。 そのかわり、自分自身 (セルフ) は自分のなかのもっと深く、静かな場所に鎮座している。 そして賑やかな箱 (これがマインド、つまりこころ) を眺めている (傍観している)。 そういうイメージです。
この箱を常にきれいにしておく (purifyと表現されています) ことが推奨されます。 雑多なものをLet It Goするのです。 これらの雑多と格闘しないようにする。 この箱がきれいになっていると外からのポジティブなエネルギーが風通しよく入りやすくなってくるといいます。 現在の瞬間、瞬間、そして過去のことなどをこまめにLet It Goする。 「Let It Goはどうやったらできるのか」 という声が聞こえてきそうですが、スピリチュアリティではただLet It Goを目指すのです。
瞑想などを通した修練が必要なのかもしれません。 とにかく 「あー、自分のこころの箱は賑やかだなー」 と傍観しながら、箱を空っぽにするように努める。 まず、この見方で気付くのは、自問自答しているのは自分でないと位置づけているところです。 このシンプルな設定は意外な効果を示します。 なぜかこころが静寂になっていくような体験が得られるかもしれません。 ご興味がおありの方は、この書籍を読まれるか、このイメージを実践してみて下さい。
2.『Zen Mind, Beginner's Mind by Shunryu Suzuki 』 (*2)
Steve Jobsさんも崇拝し、アメリカに禅を広めたShunryu Suzukiさんによる禅についての書籍です。 瞑想、座禅は上記のマインドフルネスにも密接に関係します。 「考えないこと」 「死と生は、コインの裏表のようだ」 など大変示唆に富んだ深い言葉が並びます。 座禅の意味、座禅への向かい方など参考になります。
3.『The Power of Now: A guide to spiritual enlightenment by Eckhart Tolle』 (*3)
大変なベストセラーとして知られています。 こころの危機を経て、なぜかアメリカ西海岸に引き寄せられた著者は、そこでこの書籍をしたためます。 1の書籍にみられる 「見方」 はほぼ共通しており、一瞬、一瞬、そして現在を慈しみ、味わうことの意義を感じさせてくれます。
アメリカのセラピーが東洋的なスピリチュアリティと結合したのは、ある意味必然だったかもしれません。 西洋的な論理主義では 「こころ」 は説明しきれなかったのですね。 その点、東洋人だけでなく西洋人にとってもかゆい所に手が届かないもどかしさがあったのでしょう。 一見科学的ではないが、長い歴史の中で育まれてきたスピリチュアリティが、科学に恩恵を与えているのは圧巻ですね。 一応、公平を期すために申し添えておきますが、マインドフルネスなどのスピリチュアルなアプローチの中には、科学的に効果が立証されたものもあります。
我々が頻繁に用いる不安対処のABCにあたる 「A.W.A.R.E.」 というのがあります。 対処法の頭文字をとっているのですが、そのWはWatch (傍観する) を意味します。 この西洋サイドが至ったノウハウの中に、東洋が永年用いてきた手法 (上記で示した傍観) が見いだされていることは大変興味深いですね。