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Future of the Mind

第27回で予告しましたように、Dr. Michio Kakuによる 「Future of the Mind」 という著作について触れたいと思います。 先鋭の理論物理学者、そして宇宙物理学者の彼が、人間の 「脳とこころ」 の近未来に切り込んだ著作です。

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夢を映像化する

人間が夢を見る時、視覚野、海馬、扁桃体などの感情野が活動しているのに対し、理論のセンターは活動していないそうです。 つまり夢は視覚、記憶、感情などの総体であるのに対し、事実や理屈とは切り離されたものであることを示唆しています。 人間は人種に関係なく夢をみます。 映画 「Inception」 では、この夢から情報を得ようとしました。 では夢を映像化することはできるのでしょうか。

京都のATR Computational and Neuroscience Laboratoriesなどでその試みがなされているようです。 まず、ある映像を見ている時のその人の脳の活動をMRIで撮影します。 活動は、視覚野という何かを見た時に活動する脳の部分に起こります。

 

MRIの写真は400程度のピクセルと呼ばれる小さな点の集合体ですので、複数の映像を見た時についてそれぞれMRI撮影を繰り返していくと、個々の映像に特有のピクセルパターンがわかってきます。 映像とピクセルパターンの相関から、人が見るある映像と脳の活動 (ピクセルパターン) を結びつけた百科事典ができるのです。

この原理を用いて、睡眠そして夢をみている最中に人の脳のMRIを撮り続けます。 出てきたピクセルパターンを、これまでに蓄積した百科事典のデータに照会します。 すると、その人が見ていた夢 (見ていた映像) が再構成されるというものです。 実際、UC Berkeleyの研究者が自ら夢を再構成した映像を紹介しています。 荒い画像ですが、確かに人の顔がみえるような映像だったようです。 それが本当に彼の見た夢なのか確証はありませんが、さらに画像の解析度があがってくると、より鮮明な映像になるだろうとしています。

Doctor Analyzing X-Rays

脳の機能を補う、改善する、修飾する

マウスに、水をもらうために二つのバーを順番に押すように学習させます。 その時に、脳の海馬という記憶を司る部分のCA1とCA3領域間の電気的活動の連絡を記録していきます。 これを数えきれない回数記録することで、University of Southern CaliforniaのTheodore Bergerらのグループは、その電気的活動 (これが脳の中で、バーを順番に押すという記憶です) をマウスの脳の外で行うことを可能にしました。 さらに昨年、MITのグループは 、にせの記憶をマウスに植え付けることに成功したようです。

 

Optogeneticsという方法は、ある特定の神経細胞群を光らせ活性化するというものです。 この方法を用いると、ある部屋で痛みを経験するという記憶 (恐怖体験) に携わった神経細胞を活性化することにより、痛みが与えられない部屋でもマウスに痛みで起きたのと同じ恐怖体験を再現できるそうです。 つまりこの方法が発展すれば、それまでその脳の持ち主に無かった記憶や能力が植え込まれる可能性があるようなのです。 まさに映画の世界ですね。

この記憶の中枢—海馬—を人工的に創ることができる可能性が言われています。 つまり 「人工海馬」 です。 すでに単発の記憶なら可能なようですが、将来的にはより複雑な記憶が人工海馬で代行される可能性があります。 しかもそれはワイヤレスであり、 新たな情報をダウンロードすることも可能というコンピューター並みのことができうるという夢のような話です。

より高次のほ乳類 (猿) で、より高次の脳機能 (大脳皮質) を代替することが可能だったというデータも出てきています。 たくさんの絵から記憶した絵のみを選び出すという高次脳機能を、海馬の場合と同様に、その時の大脳皮質の活動を記録・代行することで、脳の外部からこの機能が補えたというものです。 小脳機能 (運動などを司る) についても同じ原理の試みがなされ、何十年も先の話のようですが、様々な脳の部分の機能が外部から代行される可能性が出てきています。

Pills

記憶の外部代行の他にも、脳の機能改善の方法は研究されています。 遺伝子操作もその一つです。 「スマートなマウス」 として知られたNR2B という遺伝子、そしてCREB遺伝子などが記憶などの脳機能を高める遺伝子として知られてきています。

遺伝子をどうこうするというのではなく、脳機能を改善する 「薬」 が開発されたら。 現在サプリメント市場は高齢化、認知症への対応の期待からこの領域が活発です。 皆さんもそういった製品の広告を目にすることがあるでしょう。 しかし残念ながら、きちんと科学的根拠のあるものはほとんどありません。 将来的にこのような 「薬」 が出てくる可能性も発展途上です。

逆に記憶は消せるのでしょうか?

アドレナリンの受容体をブロックするPropranololという薬が記憶を消退させることがわかっています。 今まさにレイプをうけ、救命救急室に運び込まれた人のつらい記憶を消してしまうべきか。 人間の記憶を操作することに対する倫理的な議論が起こっています。 国レベルでは否定的な見解のようです。 一方、やはり遺伝子 (CaMKII) の操作により記憶は変えられる、消せる可能性が動物実験で言われています。

人の脳を操作する。 その倫理面については議論のあるところです。

Michio Kakuはわかりやすい例を出しながら、そして脳科学の基本を踏襲しながら、近未来に起こりうる (そしてすでに起きている) 「脳とこころの革命」 を語ってくれます。 専門知識がなくても楽しめます。 ご興味があれば一読を。

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