今年の春にオバマ大統領が、BRAIN (The Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies) という国家プロジェクトを発表しました。 「人間の耳と耳の間にあるわずか3 pound (1キロ強) の臓器 (脳です) についてもっと知っていこう」 と宣言したのです。 認知症や自閉症など様々な脳の疾患の解明に役立てたいということです。

プロジェクト•スタッフである分子遺伝学者のMiyoung Chunによると、数千から数百万個単位のニューロン (神経細胞) 活動を計測することにより、脳の一般的な理論を構築することが可能になるそうです。 現在もfMRIという画像手法を用いて、3万個以上の単位でのニューロン活動を計測できますが、さらに少数単位の計測を可能にする革新的な技術を創造するのです。

 

例えば、脳梗塞患者さんで100個以下のニューロンを刺激することにより、ロボットの腕を動かし朝のコーヒーが飲めるようになったそうです。 このように、より特異的なニューロン群を認識することにより、ひょっとしたら患者は再び歩くことも可能になるかもしれません。

脳は、ナノスケール (1mm の1,000,000分の1) で機能しています。 その活動を計測していくには、同じレベルの技術が必要です。 現在のテクノロジーの進歩によりそれが可能になってきたという背景があります。 ヒトゲノム•プロジェクトによりヒトの遺伝子配列が解明されたことは記憶に新しいですが、同じような規模のプロジェクトで脳を解明していこうということなのです。

さて、以前もご紹介した Massachusetts Institute of Technology (MIT) は脳科学を含むテクノロジーの世界的メッカとして知られます (第五回)。 MITが発行する 「MIT Technology Review」 という雑誌があります。 その中から、脳科学の最前線について。

記憶を外付け

「物忘れ、お困りですか?」

あなたの脳にハードドライブを外付けすることで、記憶を増やすことはできるでしょうか?あたかもコンピューターのように。

以前にも触れましたが、「… 人間の脳の記憶容量は140テラビットと言われています。 320ギガバイトのハードドライブの約55個分です。 あるいは、両面二層DVD1,000枚程度、全世界のインターネット上の情報の約2000万分の一、米国議会図書館の情報総量とほぼ同じだそうです。」 (第五回

高齢化とともに認知症は増加しています。

失われた記憶を、あるいは、記憶機能を補うことができるでしょうか。 脳に記憶デバイスを移植するという夢のようなことが実は起きつつあります。

脳の中で記憶機能を司る 「海馬」 というところがあります。 ここで短期の記憶を長期的なものに変換することが行われています。 記憶としてストックするのです。 University of Southern CaliforniaのTheodore Bergerらのグループは、脳に人工デバイスをつなぐことでこの機能を代替できうることを、動物実験で示しました。

方法を簡単に説明すると、あるニューロンからの情報を脳に埋め込んだ電極により取り出す。 それを外部のデバイスで数学的処理をし、また脳内の他のニューロンへもどす。 このニューロン間のやりとりは記憶のストックに必要なことがわかっています。

脳からの情報をコードとして読み取り、それを変換する (通常これを脳がしているのですが) 数式 (MIMO model : multi-input/multi-output) をコンピュータが代行したわけです。

猿を用いた研究では、前頭葉の機能を外付けのデバイス (義足ならぬ義知能) が代行することで画像認識という作業を可能にしました。 猿にコカインを投与するとこの作業ができなくなるそうですが、このデバイスがあれば問題なかったようです。

脳の活動をつきつめると、数式のようなコードになるようです。 このコードが他のほ乳類とヒトとで同じかはわかりません。 現在はほ乳類レベルで、しかも限られた機能という途上段階ですが、彼らはヒトへの応用を視野に入れてきています (参照)。 そこまで遠い将来でなく、実現する可能性があるのです。 「脳メモリー xxx GB $xxx On Sale」 という時代がくるのです。

脳を創る: Deep Learning

人工知能 (AI : Artificial Intelligence) 開発の歴史は長いです。 現在のキーワードの一つは 「Deep Learning」 であり、キープレーヤーはあの 「Google」 のようです。 Deep Learningというシステムは、脳の大脳皮質と呼ばれる思考を司る部位と同じ働きをするのを目標にしています。 グーグルのこのシステムは、1000万ものYouTubeビデオの中からある物体 (例えば猫) を認識する能力がこれまでのどのような方法より2倍よかったようです。 この技術は、Androidの最新ソフトウェアで使われる音声認識ソフトウェアの誤認率を減らすのにも用いられているそうです (AppleのSiriを凌ぐようです)。

様々な大脳皮質の機能を行うべく進歩を続けているのですが、その行程はまだ発展途上のようです。 音声認識機能やGoogle Translate での結果に笑ってしまったことはありませんか? 単純なようで脳という臓器は大変な作業をしているのです。 笑える結果は、何を隠そう、我々の脳に対する理解の未熟さを語っているのです。

 

そして人工知能の進歩はまだまだ脳機能の細切れのようです (ところで、言語のアクセントで困っている方、近い将来、翻訳をしてくれるだけでなく、あなたの声質もまねて代わりに流暢に話してくれるソフトウェアがGoogleのsmart glassesのような携帯レベルの便利さで可能になるかもしれません)。

脳というものを理解するのに、脳を思考の首座とする人間自体にそれが可能かという禅問答にも似た疑問があります。 ここでみられているのは、脳からのアウトプット (記憶の数式など) をもとにそれをコンピューターでコード化や処理をして、脳を創っていくという手法です。 一方、Googleなどのメガデータの集積がA.I.を作っていくことに一役買っているようです(情報を集めればよいと思っているという批判もあるようです)。

 

現在のグローバルで巨大な人類の知能の集積と所産が (インターネット、ソーシャルネットワークなどが可能にした)、脳という我々自身の理解を可能にしていっているのは興味深いですね。 コンピューターのスピードなどの進歩とあわせて脳機能解明はさらに加速していきそうです。

脳の解明を考えるとき、いつも頭にイメージするのは宇宙科学者たちのアプローチです。 超複雑で未知の世界である脳と宇宙がだぶるからです。 宇宙科学者の有利な点は、宇宙が 「見える」 ことでしょうか。 巨大な宇宙というものから、彼らが導きだすものは本当に小さなレベルのものであり (素粒子など)、複雑な物理学と数式です。 それを見事にそして着実に理論的に解明していっている。

 

脳はあくまで宇宙の成長とともにできた生物の一臓器ですから、ひょっとしたら宇宙物理学の中では末端の小さなものかもしれません。 意外とその機能は数式と幾つかの科学理論で書けてしまうものなのかもしれません。 いやいやしかし、やはり宇宙物理学者のような天才が脳の理解には必要かもしれません。

Ray Kurzweilは、著書 「How to create a mind」 (参照) の中で言っています。 「脳は多数のニューロンが存在し、無数のつながりをつくっている複雑なものと言われているが、そのパターンさえ理解すればそんなに複雑なものではない」と。