Since nobody has found a better way of not dying young
- Woody Allen on not being against aging

年をとるのは誰しも嫌なものです (Woody Allenは違うかもしれませんが)。 高齢化社会をうけて、アンチエイジングがブームのようです。

加齢 (エイジング) で何を恐れるかは、男女で違いがあるようです (*1)。

女性は、

  1. 魅力的でなくなること (‘存在が無となること’)

  2. 一人残されること

  3. 経済的に立ちいかなくなること

  4. がん

  5. 他者に依存すること

一方男性は、

  1. 勃起不全

  2. 肉体的弱さ

  3. 引退

  4. 運転できないこと

  5. 記憶力の低下

共通していることは、他者から見放されること、そして他者へ依存しなければいけないことでしょうか。

女性は、身体的な魅力を失うことが大きな恐怖のようです。

美容形成技術の進歩と高齢化の流れは、手に手をとってきました。 The American Society of Aesthetic Plastic Surgeonsによると、美容形成手技の総数は、2012年に一千万件を超えています (*2)。 実に15年間で6倍もの増加です。 アメリカ人は一千億円近くを美容形成手技に費やしたようです。 手術でない美容形成手技のトップはボトックス、そしてヒアルロン酸、レーザー脱毛などが続きます。 手術のトップは豊胸手術で、脂肪吸引、腹部形成、瞼形成などです。

勿論こういった美容整形は加齢とは関係ないものを含みますが、ボトックス、ヒアルロン酸などアンチエイジングがらみが多くを占めています。 ボトックスについてみると、1997年と比べると実に4,900%の増加です。

美容形成をうける年齢をみると、35−50歳が最も多く (29%)、19−34歳までが続き (19%)、65歳以上が8%となっています。 35歳以上では、ボトックス、ヒアルロン酸手技が1位と2位をいずれも占めています。 個人差、男女差があるでしょうが、30代半ばといえば加齢が気になり始める年齢です。

ちなみに、全体の91%が女性、10%が男性で、男性の件数は15年間で2倍に増えています。 32%の女性が何らかの美容形成を考慮すると言っているのに対し、男性は20%でした。 結構、男性も負けていません。

高齢化による老化への不安と、より侵襲性の少ない美容形成の発展の関連が透かして見えます。 美容形成手技以外のホルモン投与、サプリメントなど、アンチエイジング産業の裾野は広く、十分に把握できないほどです。

上記でも示唆されるように、エイジングと一言にいっても、30代の不安と60代のそれでは内容を異にします。 前者はより若さを失うことでしょうし、後者はより病気、死、依存に対する要素が主になってきます。 さらに広くみれば、エイジングは生まれたときから始まっているわけで、年代により内容が変遷していく 「生活史 (ライフ・ヒストリー) 症候群」 ともいえるでしょう。

 

常に起きていることなのだけれども、その時その時で意味合いが異なり、あるいは発現形が異なり、それに対して適応がうまくいかないと障害が生まれるということでしょうか。 いわゆる一種の 「適応障害」 といってもよいかもしれません。

韓国は美容整形がさかんであると言われています。 若年においても、親を含めて整形に対する抵抗感が少ないようです。 このような文化的な背景も無視できません。 いずれにしても、より簡易な (非侵襲的な) アンチエイジング手技が発達してきたことはそれらへの誘惑が増していることに他なりません。

第9回の「自尊心」についての回でも触れましたが、内面の前に外見をまず変えるという 「適応」 は、必ずしも悪いアプローチではありません。 しかしこの場合、アンチエイジング美容形成をうけることは、今後必ず直面しなければいけないエイジングというものの受け入れ拒否ともいえます。 「回避」 という 「防衛規制」 によって適応しようとしているのですね。 残念ながら 「回避」 は、行動心理学ではより低位の防衛規制としてカテゴリーされています。

また身体醜形障害 (Body Dysmorphic Disorder) という診断 ( 「醜形恐怖」 ともいわれました) がありますが、エイジングによる外見の変化に対する心理的反応の参考になります。 この障害では、事実に関わらず本人の認識として自分が醜いと感じます。 そのため社会的ひきこもり、美容整形を繰り返すなど問題が生じてきます。 外見への過度のこだわり、内面から端を発する自己イメージの問題などがみられます。

 

強迫性障害 (手を何度も洗ったり、確認行為がみられるもの) やうつ病との関連がわかっています。 この障害から参考になることの一つは、人間の内面に対する外見の位置づけです。 なぜ社会的生き物として外見がそこまで重要になるのか。 果たして内面の役割は何なのか。 その人のアイデンティティーは?

身体醜形障害は、往々にしてストレスによりそのこだわりが増長します。 つまり内面の 「ゆれ」 と、このこだわりは無関係ではないのです。

また、この状態と自己愛との関連もいわれています。 自己愛(簡単にいえば自分の可愛さ)と過剰な自意識、その結果が外見へのこだわりとなってあらわれるのです。

それでは完璧主義はどうでしょうか。 あまりに理想のイメージを追うばかりに、わずかに満たない部分に強烈にこだわります。 またこの理想のイメージは、極めて主観的であり、柔軟性にかけます。

さらに、ピーターパン症候群などともよばれる、第二次性徴期による身体的変化を嫌い、子供のままでいたいと抵抗するケースでもみられます。 亡くなられた有名人でもよく知られています。 つまり、内面の発達、成長、成熟と外面のギャップから、この状態は発生しうるのです。 ライフサイクルのどこかで成長が頓挫してしまっていることが、このギャップを作り出し、ひいては外見の受け入れを難しくしている場合があるということです。

そして身体醜形障害の一形として 「自臭症」 とよばれるものがありますが、これは自分の臭いが他者に不快に伝わっていると過度に気にしてしまう状態です。 昨今いわれる 「老人臭」 という表現を聞くにつけ、これを思い出さざるをえません。 そんなことをいわれたら意識しなかったことも意識してしまいますよね。 そして、老人臭消臭用の製品が売れるのです。

エイジングというものを、社会がネガティブなものとして扱う風潮があります。 アンチエイジング産業の営利目的がもちろん大きな背景としてあります。 身体醜形障害もその時の社会の価値観に大きく影響をうけることが知られています。 拒食症もそうですが、エイジングを身体醜形障害や拒食症のように (より広範な人々がターゲットになる) 「社会病」 として発展させないようにしたいものです。 そして社会と個人の接点に多分に関わることであることも指摘しておきたいと思います。

ここで自問したいのは、

「あなたの内面的発達がどこかで頓挫していませんか?」
「あなたの内面に自信は持てていますか?」
「他者から注目されること、必要とされることに過剰に依存していませんか?」

ある美容ジャーナリストとお話ししたときです。 「一番のアンチエイジング法は何ですか?」 とお聞きした答えが、「(最後は) 死ぬことです」 ということでした。 様々なアンチエイジング法があるけれども、どこかに限界が訪れ、さらなる方法は死んでその進行を止めることしかないという意味でしょうか。

またある方はこうおっしゃいました。 「アンチエイジング整形をすることで、外見の加齢変化に伴う内面の成熟が阻害されうる。」 と。

総合して考えると、整形を含むアンチエイジング法は、自然な内面、外面の加齢変化の流れに則して (極端に干渉・阻害せず) いくべき 「プロセス」 であるということでしょうか。

では、エイジングを受け入れていくプロセスとは?
続きは次回の 「アンチエイジングの心理学 2」 で。