ロシアの大地を尊んだ文豪トルストイは、「戦争と平和」―この大作に人生の集大成ともいえるメッセージを盛り込みます。

名誉欲に勇むアンドレは、敗戦の時、仰ぎ見た空と雲という「自然」に目を開かされます。それ以外の何もかもが無意味にちっぽけに感じられ、ナポレオンの小柄さにさえ失望します。

もう1人の主人公ピエールは、捕虜となった極寒の行軍中に「人生に恐怖はない」という境地に至り、それまでにない清々しさを感じます。その過程は、「夜と霧」で描かれたアウシュビッツ収容所の極限にあって幸せを知るに至る人々に似ています。

 

「不幸せは、不足からくるのではなく過剰からくる」と彼は悟り、政治も馬も社会の所作は取るに足りないことに気づきます。捕虜生活から解放された後、寝床の気持ちよさという極めてシンプルなことに生の喜びを感じ、幸福を鮮明に体験します。同時に(東洋の「中庸」かのように)、「完全な自由と幸せもなければ、完全な不幸と不自由もない」という白黒でない思想が語られています。

「Wakefield(2016)」という映画で、マンハッタンで活躍する何不自由なさそうな弁護士が、家庭を捨てホームレスになり、かつての裕福で平和だった(しかし、枠に閉じこめられた)日常がいかに不自由だったかを知り、幸せの意味が日常の中で見失われていることに気づく、そんな過程を思い出させます。

トルストイのメッセージはさらに、極限の中、市井の人々がくっつき離れながら世の中が動いていく様を、あたかも俯瞰するかのような大局観として示され、さらには、個の欲から利他の意味へと話は及びます。

トルストイがその地理的近さから、東洋の思想に多分に影響を受けていたことがうかがわれます。そしてそのメッセージには、洋の東西を問わない普遍的な叡智が託されているかと思われます。