「フェデラーと老いの心理学」

テニスのロジャー・フェデラー選手(35)が、オーストラリア・オープンテニスで18回目のメジャー大会タイトルを獲得しました。実に5年ぶりのメジャータイトル(年に4回の大きなトーナメント)です。昨年のこの大会後、膝のじん帯を切り、手術をうけ、半年の欠場を強いられました。歴史上最高の選手と謳われる彼も、世界ランキングを17位まで落としていました。誰もが、彼のメジャー大会優勝はもうないだろうと、久しく思っていたなかでの快挙だったわけです。

高齢化社会です。
人生は長く、健康寿命(身体が元気な年齢)と実際の寿命との差が、どんどんひろがってきています。つまり、身体が思うように動かないなかで、十年以上生きていく必要があるのです。その高齢期を、いかに生きるかが課題となっています。

さまざまな理論のあるなかで、バルテスという人が提唱したのが、SOC(Selective Optimization with Compensation)理論、つまり、補償を伴う選択的最適化です。

例を挙げます。

ピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインは、89歳まで現役で活躍しました。彼は知ってか知らずか、このSOC理論を適用したようです。つまり、晩年には、演奏する曲を減らし(選択)、一曲の練習時間をのばすことで完成度を高め(最適化)、曲のなかの速い部分は、それ以外を遅くすることで速さを強調した(補償)そうです。身体的、認知的な低下を、このような工夫で最小限にしたわけです。

ロジャー・フェデラーにもSOC理論の痕跡がうかがえます。

彼は近年、参加するトーナメントの数を絞ってきていました。さらには、昨年の欠場期間は、膝の負傷から一度回復したのちに、まとまったリカバリー期間を取ったのです(選択)。

 

今大会での彼は、リフレッシュし、パフォーマンスを高めていました。第一サーブの精度、弱点とされるバックハンドが、全盛期にも劣らぬレベルとなっていました。これは「最適化」が起きたのではないかと思います。さらには試合のなかでも、打点を早くし、攻撃的かつ迅速なプレーをこころがけました。それにより、試合中の移動距離、試合時間、エネルギー消耗が最小限になりました。

 

効率的な試合運びをしたことがうかがえます。さらには、相手が優勢のセットでは、力を抜くわけではないでしょうが、比較的あっさり過ごし、逆に試合のなかでポイントとなる場面では力を集約し、ギアをいれかえるという、メリハリが印象的でした。力の配分と効率化により、総エネルギーを最適化したのです。

試合後のインタビューでは、自身のチーム(トレーナー、コーチなど)を讃え、家でのトレーニング用にスタッフを置くなど、充実したチームサポートがうかがえました。それにより「補填」を実現していると思われます。ラケットを数々試し、やや大きめのものに変える等も補填の例でした。また、上記のメリハリの効いたプレーも、アルトゥール・ルービンシュタインのように補填の例ともいえるかもしれません。

フェデラーはインタビューで、自由にプレーすることを意識したと言っています。また、対戦相手ではなく、ボールに集中したとも。彼の経験と卓越したプレイ・メンタリティーも、衰えを補うのに大きな意味があったようです。さらには、上記のように(サーブやバックハンドなど)技術的なレベルアップが実現されており、そこには年齢にかかわらずの「成長」も見られます。

高齢化社会のなかで、我々がどう生きていくか。衰えるという観点のみでなく、そのなかでベストのパフォーマンスを生み出し、また成長していくという視点があってもいいのではないでしょうか。