アートとこころ

先日もニューヨークのMOMAで、Mark Rothkoの前で長いこと立ち止まってしまいました。メトロポリタン美術館でVan Goghの「花瓶のバラ」を観た直後、訪れたある方のオフィスに同作のコピーがあり、その話題で盛り上がりました。

洋服は既製品と自分の嗜好が一致しないことによく困惑します。理想に近いものを求めて、何店も訪れ、長い時間をかけて探しますが、多くの場合は叶いません。オーダーメイドでもすればといわれますが、そんなお金もありません。いつしか「自分で洋服を作ればいいのかな」などと愚かな夢想をしたりしています。

ある芸術家の方とギャラリーでお話をしていました。

その方は異なったマテリアルを合わせて、通常の人間が考えないものを創造する現代アーティストです。主に使われなくなった廃木を用いて作品にします。

その方曰く、

「住宅の建造に使われた木と、使われなかった木は、どちらも木で、区別するのはおかしいと思うのです」。

使われなくなった木を触っているとアイデアが自然と湧いてくるそうです。

「わたしのクリニックを訪れる方は、むしろ世間にいる人たちよりも、健康なこころをもっている人が多いと誰かが言っていました」。

わたしはなぜか、そう思い出して返していました。

ふたりで話になったのは、一般に普通の観念で普通と思われていることが、必ずしも普通とは限らないこと、すべてではないこと、それを疑ってみることでした。

古来、芸術は常識や社会体制への反抗や、そこで表現できないものの表現の場でした。

「芸術の秋」といいます。秋の夜長に読書やさまざまな芸術活動ができるからと解釈されますが、秋は同時に日照時間が減り(アメリカでは特にそうですが)長いホリデーのはじまりの時期です。ホリデーブルー、つまり楽しいはずのホリデーに気持ちがのれず、沈むこともある季節です。

そんな季節に、あなたの感性を刺激しに、アートに触れてみてはいかがですか。