top of page

人間は洗濯機の方が良い

年末になり、今年のベストはなんだという話よく聞きますが、2019年に「Cell(セル)」というおそらく世界的に一番権威のある科学雑誌に載った論文(参考文献)からです。「人間は洗濯機の方が良い」という話です。

イスラエルのWeizmann Institute of ScienceやアメリカUCLAのグループが行った研究で、猿と人間の脳の情報伝達を調べたものです。進化によって脳の形がどうなって来たというのはよくありますが、彼らはコンピューターでいうと伝達コード、つまり脳内で情報がどのように伝わっているかという「機能」を調べています。人間についてはてんかんのある患者さんの脳に直接電極をあてて伝達を測定する、かなりの大作業な研究です。

nik-macmillan-qyvm0zXdKYE-unsplash.jpg

結論は「ローテクほど壊れにくい」ということです。これは「洗濯機」理論という、冗談でない名前がついており、洗濯機は決して技術的には複雑な造りをしておりませんが、それゆえに壊れにくいというところから来ています。つまり、人間の脳は進化とともに発達して、ハイテクになったがゆえに、壊れやすいということです。

二つの脳の場所について研究は調べています。人間が発達している「前頭前野(prefrontal cortex)」と「扁桃体(amygdala)」です。前者は理性脳、後者は感情脳、あるいは人間脳 / 動物脳とも対比されます。結果、より進化している前頭前野は扁桃体よりも情報伝達が効率的でした。どちらも人間の方が猿よりも効率的でした。しかし効率が増すほど、間違いも多くなってることがわかったのです。

どちらも人間の方が猿よりも効率的でした。しかし効率が増すほど、間違いも多くなってることがわかったのです。扁桃体は恐怖を感じて身を守る、いわばサバイバルのための脳です。原始的ですが、間違えは少なかったのです。それは動物が生きるという最大重要事のためには理にかなっています。一方、「人間の扁桃体が間違えが多いことは、PTSD、不安などメンタルな問題に結びついているのでは」、と著者たちは考察しています。

tim-gouw-1K9T5YiZ2WU-unsplash.jpg

進化というのは何かと引き換えに何かを得るという「トレードオフ」で、生物は進化の過程で効率を得た代わりに、正確さを失ったということと考えられます。どこかでエネルギー保存の法則なのですね。そして人間は、高度な生物であると同時に、それゆえに齟齬も起きやすい、つまり脆弱な部分があるということになります。

犬を見ているとすごくシンプルだと思いませんか?食べ物のために生きている。そのためには一生懸命だし、芸も覚える。そして彼らの方が幸せそうだと思ったことはありませんか?小難しいことを考えない分、袋小路に入りにくいんでしょう。昨今、ブームのマインドフルネスは、前頭前野と扁桃体の力関係を変えることがわかっています。主従関係でなくより平衡に。

ひょっとすると頭でっかちになりすぎた人間をより動物的なバランスに近づけているのでは?実際、脳科学所見はそれを示しています。では進化はどこへ行くのか?そういう小難しいことは考えないでおきましょうか。

イーロン・マスク.png

2019年7月にイーロン・マスクのニューラリンクが示した、脳=機械インターフェースはさらに頭でっかちに私たちをするのでしょうか?それとも脳の負荷を減らして間違いを減らすのでしょうか?この論文から推察するに、生物の脳のバランスに変化が及ぼされることは必至でしょう(Pryluk, R., et al (2019)より)。

脳の機能とAIテクノロジーの融合を試みる研究が近年進められています*。上の動画は、AIテクノロジーイーロンマスクのニューロリンクのプレゼンテーションです(視聴はYouTubeチャンネルでのみ可)。

ミクロン単位の電極を脳に埋め、ワイヤレスでAIに信号を送るための研究で、2020年に臨床試験が行られる予定です。

脳はITと融合することによって、さらに複雑・高度に発達していくのかもしれません。さらなる脳の高度化は、私たちを幸せにするのか脆弱性を高めるのかどちらでしょうね。

参考文献:Pryluk, R., Kfir, Y., Gelbard-Sagiv, H., Fried, I., & Paz, R. (2019). A tradeoff in the neural code across regions and species. Cell, 176(3), 597-609.

bottom of page