「こうあるべき」
ある人が飛行機のビジネスクラスに乗っていました。
後ろの座席から老年の男女の声がします。
「もう私のことなんか誰も見向きしないんだ」
「そんなことありませんよ」
どうやらご夫婦のようで、夫が妻に愚痴っているようです。
「もう私なんか死んだ方がいい」
到着後、その夫の顔を偶然目にして驚きます。それは、アメリカ中の誰もが知っている超有名人でした。数々の達成を収め、誰からも尊敬されている人。現に、皆からサインを求められています。
この出来事は、どんなに人生で達成しても、人は注目や達成にとらわれ続けてしまうということを物語っています。
私たちは、「こうあるべき」ということにとらわれすぎていないでしょうか?
この著名人の方、本当は何もしなくていい身分のはずです。しかし、「何かをすべき」、「そうしないと他者から見放されてしまう」、と考えています。
これは他人事ではなく、私たちは「こうあるべき」「こうすべき」の罠にかかっていないでしょうか?
「仕事をしなければ」
「お金を稼がなければ」
「人に認められなければ」
「ぶらぶらしていてはいけない」
といったことです。
「こうあるべき」の存在に気づいていない場合も多いでしょう。
「こうあるべき」は教育によって植え付けられた部分が大きいかもしれません。あるいは、この社会が持つ風土でしょうか。はたまた、資本主義が産めや増やせやと私たちに課しているのでしょうか。
ある取材で、働くということの理想を聞かれました。
その時ふと思い浮かんだのは、ある人の記事でした。仕事を離れ、自分で食事を作り、掃除をし、庭を掃き、という自活をしていたら、
「1日に8時間も仕事をするなんて無理だとわかった」
というものでした。その人物は、生活の基本に立ち返ることで、忘れ去っていた生活のみずみずしさを思い出し、マインドフルな気持ちになったと言います。
私たちは、無意識に「こうあるべき」に突き動かされ、仕事に勤しみ、生きるという時間に無頓着になっていないでしょうか?
「生きる」なくして、理想の「働く」はない。というのが私の答えでした。ライフ・ワーク・バランスより、もっと深い意味がここにあります。
世界的に労働時間が減少しているのにもかかわらず、アメリカの労働時間減少はヨーロッパなどに比べると少ないそうです。平均労働時間を引っ張っているのは、高学歴、経済的に裕福な労働者だそうです。つまり、働かなくてもいいのにたんまりと働いている。何のためか?自己実現?仕事依存?それとも、「こうあるべき」から外れられないから?
ある会社経営者は、
「これから外に出て、好きに時間を過ごしてきてください」
と言われ、しばらくして戻ってきて言いました。
「何もしないことが、こんなに贅沢だとは知らなかった」。
「こうあるべき」の反対である、「何もしなくていい」は、現代人にとって難題のようです。
結果、数々の仕事人間を生んでいるのではないでしょうか。そして、仕事から離れることが難しい無数の人々がいる。「自分が生きる」よりも先に、仕事がある。
ある60代後半の人物は、冒頭の人のように数々の世界的な仕事をし、60代前半で引退しました。しかし、その後も役員をやるなど、仕事から離れられません。いえ、本当は離れられたのに、離れようとしなかったのです。ふと旅の道中で気づいたのは、
「もうこれだけやったからいいじゃないか」
「いろいろなことをコントロールしてきて、結局は家一軒分のお金を損したのがせいぜい。かえって事は悪い方にいっただけじゃないか」
そして、人生の「こうあるべき」レールから、初めて外れる自由を自分に許したそうです。60代後半のことです。
いかに、「こうあるべき」から外れることが難しいかを物語る話です。
「幸せの唯一の条件は『自由』」と言った人がいます。「こうあるべき」から外れること、何もしなくてもいい、人の評価から解放される、のも全て「自由」の達成です。
マインドフルネスをやっていると、「どうやるのが正しいだろう」、「こうやっていてちゃんと効果は出るのだろうか」という「こうあるべき」が頻繁に登場します。それは私たちの内に潜んでいるものです。
私の「こうあるべき」対策は、
1. 「こうあるべき」に出会ったら、それに気づく(多くは無意識なので)。
2. そして、呼吸なりに注意を戻す(マインドフルネス中なら)。
他の方法として、
3. 円を描いて歩く。方向を決めずに歩く。
4. 旅先で迷子になってみる。
5. 何時間以内にやると自分に課していたことを、あえてその時間以上でやるようにしてみる。
「こうあるべき」が限りなく少ない人も稀にいます。
ZOZOを辞めた前澤社長は、次の好奇心の先に躊躇なくシフトしています。ある人は、「自分自身が会社」と表現し、仕事に公私の境のない自然体でいます。こういった稀な方たちの特徴は、好奇心が旺盛なこと、恐れがないこと。
「こうあるべき」のルーツは、恐怖です。
食いっぱぐれること、死んでしまうこと。
恐れがない人は、なんのレールもない自由を謳歌できる。
マインドフルネスをやっていると、1日が24時間以上に感じます。
「こうあるべき」という時間に追われ、何かをなすべきというプレッシャーに追われている人にはオススメです。
不思議と時間が生まれます。生きている感じがします。
恐れのない好奇心を育ててくれます。