​マインドフルネスと科学

僚友ジャドソン・ブルアーと、かつて話したことがある。

どうしてマインドフルネスっていいことばかりが言われているんだろう。私はそう尋ねた。マインドフルネスの効果を悪く言う科学的報告はほとんどない。90年代に不安を悪くすると言った報告があるぐらい。これは出版する際にバイアスがかかっているのではないだろうか。

 

科学は中立的であるが、それでも都合の悪い結果は報告されにくいという現象が知られている。つまり、効果のある研究データばかりが世間に出ることになる。科学者は研究費を取るため、自らの昇進のため、完全に中立ではありえない「人間」なのだ。

この「出版バイアス」の可能性についてブルアーは、「その可能性はあるね」と言った。

彼は押しも押されもせぬマインドフルネス研究の牽引者だ。そして彼の極めて磨かれた厳密な研究スタイルを知っているから、彼のマインドフルネス研究への「眼」も私は信じられる。

マクマインドフルネス

はマインドフルネス・ムーブメントの批判書である。サンフランシスコ州立大学のビジネスマネージメントの教授が書いている。確かにアメリカ、そして欧米でマインドフルネスは大きくなりすぎた。The Global Wellness Instituteの2018年評価額によると、「Wellness Economy」は400兆円近く($3.72 trillion)で、うちマインドフルネスを含む「Fitness & Mind-Body Sector」の価値は50兆円を超えるとされる($542 billiion。マインドフルネス自体は4000億円産業とされる)。

本書では、マインドフルネスがマクドナルドチェーンのように商業主義に乗って、いかに拡張してきているかとの視点が述べられている。それは、資本家の新たなスピリチュアリティと断じられ、大企業は社員をお行儀よくさせ、ストレスは自分の対処の問題とし、格差など社会の問題を盲目にさせることを促すと。マインドフルネスは、都合のいい時には、宗教とは無縁と言い、また別の時には仏教の深遠を含んでいると言う(ちなみに著者は仏教実践者)。

World Economic Forumは、2013年頃からマインドフルネスに傾注し、著名人や投資家、セレブ、研究者を擁してこの動きを押した。奇しくも、ジョン・カバット・ジンがマインドフルネスに至る1979年は、サッチャー、レーガンが成長資本主義という「もっともっと」を個人に課した時期と合致すると言い、あたかも陰謀説かのようなムーブメントの背景が語られていく。よく、マインドフルネスで生産性が上がる、といううたい文句があるが、資本家たちがマインドフルネスを資本主義の牽引に利用したというのだ。本書の是非はあるとしても、興味深い一節がある。科学がマインドフルネスに利用されているという説だ。

人間はスピリチュアルなものへの懐疑心がある。眼に見えないつかみどころのないものだからだ。そして実際、宗教が政治に利用されたり、戦争の原因になったり、人の手垢まみれになったりなど、団体宗教への不信、アレルギーが現代にはある。科学的根拠があるとするのは、そういった現代人に受け入れられやすくするのにうってつけの方法なのだ。興味深いくだりがある。昨今流行りのポジティブ心理学には、大きな宗教バックグラウンドを持つ支援団体が巨額の寄付をしているというものだ。

スピリチュアリティを広めるために科学の翼を担いたいというのはいつもある論法なのだ。著者は、マインドフルネスの効果についての科学的根拠をメタ解析を含めて取り上げ、それが鉄壁でないことを指摘する。そして冒頭につながるが、データへのバイアスが潜んでいるとする。

 

実際、マインドフルネスを教える人間が報告した研究結果を除くと、メタ解析(多くの研究の効果を総合した解析)でマインドフルネスの効果は有意に減弱するという。苦い過去もある。超越瞑想と呼ばれる(Transcendental Meditation; TM)は、90年代に注目され、国の機関であるアメリカ国立衛生研究所が10年に渡り巨額の研究資金を提供している。

しかし、その後ブームは途絶えたのか、結果が芳しくなかったのか、資金援助は途絶えている。そして今はマインドフルネスに同様の研究資金が注がれている。ある研究者1人だけで7億円ほどの資金が1年間に提供されたともいう。そしてそこにはいつも科学の中立さという試練があるのだ。先のブルアーは、昨今もてはやされているアプリによる効果が、うたい文句に反して実際科学的に証明されていないことを懸念している。資金のある投資家たちは、あるいはある扇動家たちは、ある目的のために「科学」による鎧を利用してきた歴史がある。

確かにマインドフルネスの効果は科学的に証明されているという論調は多い。

それはある意味正しいアプローチであると同時に、こういった落とし穴がありうるということだ。私は成長資本主義の流れが私たちの多くを「達成主義」に縛り、幸せになれない苦難の道の原因の1つと感じているが(だからと言って社会主義というわけでなく、歴史の淘汰の中で資本主義が一応現在のベストというのはわかる)、「マインドフルネスは仕事の生産性、集中力を上げる」「会社内の人間関係が潤滑になる」という、再び成長資本主義を人々に課すような使い方は注意を要すると思っている。

 

その目に見えない背後の動きが、科学を悪用し、私たちにフェアでない情報が行き渡っているとしたらそれは大変残念だ。本書の論調は極端な面もあり、自体バイアスがある面もあると思うが、マインドフルネスの科学的側面を語る人間として、このことは肝に命じておきたい。

このようなメガヒットが問題をはらんできた流れは、マインドフルネスに限らない。オーガニックブームもそう、宗教もそう。そこから何が見えてくるかというと、人間は弱いということだ。私利私欲のためなら(生きるために資本主義社会の中で必要なのはわかっているが)、つい流されてしまう、都合のいいように物事を曲げてしまうということだ。マインドフルネスはそういったエゴを諌めるためのものだと思っている。それが上記のようになってしまっているとしたら本末転倒もいいところだ。

 

そして当事者は気づいてないことも多い。是非もう一度、本分は何なのかに立ち還りたい。例えば、マインドフルネスについての何かを売ろうとするとき(本書にセミナー1日120万円という話が出てくる、あるいはマインドフルネスを標榜した商品など)に科学的データを用いようとしたとしよう。そのとき、それにより人々がマインドフルネスの本来の恩恵を受けて幸せになるため(これが本分だろう)なのか、それともその商品から利益を得るために科学を利用していないか、歪めていないか(看板に偽りはないか)、この2つには全く完全にクリアな線で分かたれるべきものなのだ。

冒頭のブルアーが、ツイッターで言っている。

「アマゾンで、『マインドフルネスエッグ』という商品を見つけた。ただの卵型の置物なのに$16だって!本気かよ!」