「新型うつ」 というのが話題らしい。 もちろん、何の学問的根拠もない概念だ。

この新型うつ、端的にいうと、「うつが原因の休職中に海外旅行へいったり、逆に出社することで症状が悪化する」 タイプのうつらしい。 その他、(1) 自らうつであることを主張する、(2) 他者非難、他責傾向が強い、(3) 職場復帰を極力後回しにする、といったことが特徴とされている。 既存の 「うつ」 が、責任感、自責感の強さが典型であることと正反対らしい。

「プチうつ」 のように、言葉が何者かによって作られ、一人歩きする。 こころの問題に対する偏見を減らす反面、トーイプードルのような軽さは、カジュアルな社会風潮を作り出す。 「うつはこころの風邪」 というフレーズが、うつのための薬を売ろうとした製薬会社によってつくられたことは意外と知られていない。 私には、医学的よりも、社会民俗的な興味がわく。

20世紀ドイツの医学者、フーベルトゥス・テレンバッハ (Hubertus Tellenbach) は、うつ病になりやすい人々の性格として 「メランコリー親和型」 を提示した。 この性格の人は、几帳面で何事においても完全主義であり、また責任感も強く、対人関係も細やかな配慮が行き届いている。 興味深いことに、日本の高度成長期に、この性格をもった人々は、企業に重宝され、成長の立役者、出世頭として活躍したようである。

 

あるいはこういった性格をもたずとも、勤勉に毎朝出社し、ボーナスを待ち望む組織に従順なサラリーマンが社会の大勢であった。 「サザエさん」 の波平とマスオさんをイメージしたらよい。 彼らは何の疑いもなく、せっせと企業に尽くした。

その後、明らかに、社会、職場構造は変化した。 パートタイム、派遣の増加、職場の飲み会を断る新入社員、終身雇用制が形骸化し、職業が自己実現の場としての地位を失い、人々の職場に対する敬虔さは失墜した。

新型うつは、大会社や公務員に多い傾向があるらしい。 つまり、福利厚生がしっかりしていて、休職しても生活の保障があり、その 「権利」 を 「利用」 する一群があるらしい。 会社が、生活のための乗り物のひとつになりはて、そこに忠誠や献身が薄れているのかもしれない。

誤解していただきたくないのは、「新型うつ」 と呼ばれるような状態の方が、必ずしも自己の権利を悪用したり、悪意があるという意味ではない。 メンタルを専門とする医師として、「新型うつ」 は大きく二つの視点でとらえられる。 1. 職場、組織特有のストレス、その結果としてのうつ、2. 詐病、である。

著者は、アメリカのある大きなメディカルグループで職場に関連するストレスを扱う治療ブログラムに関わった経験をもつ。 職場のストレス (パワハラなど含めて) のため、仕事へ行けなくなる、休職するといった方たちが、このプログラムに入るのだ。 その経験から、「職場のストレスは特殊である」 と言える。

 

まず、人間の数だけストレスは増えるが、特に、職場という集団では、皆、生活をかけてそこへ属している。 つまり、極論すれば、従わなければ、食いっぱぐれ、家族は路頭に迷うリスクがある。 そのプレッシャーの中で、自分を殺し、我慢することも多々あるだろう。 企業はプロフィットを合理的に追いかけているようで、これほど 「理不尽」 がはびこりやすい場所も珍しい。 その理不尽のために、従業員は頻繁に自分を曲げざるおえないかもしれない。 このストレスでダメージを受けた人々の特徴は、職場に関わることに接すると、てきめん、症状が悪化することである。 非常にはっきりとストレスと症状に関連がある。 逆に言うと、職場から離れると症状は和らぐのである。

 

これをもってその人を 「病気のふりをしている」 と言うことは、厳に慎まれるべきだ。 これがこのタイプの症状の特徴だからである。 この職場のストレスが原因で、いわゆるうつ病になる人々は多数いる。 新型でもなんでもない、社会ができてからこのかた存在するうつの一つの形態なのである。 彼らは、職場、上司に対しての 「怒り」 が強いことが多い。 いわゆるうつになりやすい性格かどうかはこのような状況で関係なく、怒りとあいまって 「他罰的 (他人を責める、他人のせいにする傾向) 」 な方たちがいても何ら珍しくないのである。 「うつ」 イクオール 「自責的」 でなく、「新型」 と今更言われなくても、様々なうつの形が元来存在してきたことを確認したい。

一方、先の治療プログラムを何十年とやっている専門家によると、プログラムに来る方たちの中に詐病が疑われるケースが残念ながらあるという。 詐病とは、仮病のことで、Malingeringという医学的診断が存在する。 この人々たちは、Secondary gainといって、病気と偽ることで、傷病手当や福利厚生を意図的に得ようとするのである。 ところで、よく、心療内科は患者の訴えに基づいてのみ診断するので、この詐病を見抜けないというむきがあるが、経験のある医師は、これを見抜く術をもっている。 教科書的な症状を機械的に訴える人を見抜く、詐病を見抜く質問用紙を用いる、あるいは患者のみでなく、周囲からの情報をとり入れるなど、その様々な方法がある。

アメリカでの様子に触れているが、後者の詐病は、非常に残念でフェアプレーではない。 現在の高い失業率の中、自己の権利とはいえ、福利厚生を悪用する誘惑は強い。 他にも、労災を乱用しようとする人々、破産寸前でそれを払えず、労災適応基準を厳しくしようとする州。 社会の流れとは引き離せない部分がある。 一方、企業側から見ると、従業員の休職による経済的負担は無視できない。

 

日本でも、「 現代ビジネス 」 のサイトによると、「年収500万円の社員が12ヵ月間休職したとする。 試算期間は休職前と復職後 (リハビリ期間) の各3ヵ月を併せて計18ヵ月間。 もし普通に働くと、給与と福利費で約872万円かかる。 これに対して、休職した場合は、傷病手当金や福利費、同僚の残業代、代替社員に必要なコストなどで、1512万円かかる。 結局、173%も会社の負担がアップしてしまうのだ」 とある。 アメリカでも、従業員のうつが原因で企業全体がうける経済負担は年間2.3兆円と試算されている。

今、企業では、従業員の規律を締め付ける 「社畜」 的なアプローチを再び、という流れがあるらしい。 かつてのサラリーマンはある意味、会社に献身的で、「社畜」 的なところがあった。 それがある時期、自己主張と自由の風潮が、従業員が強くでることを後押しした。 その反動か、あるいは、会社軽視に対抗してか、雇用側主導に引き戻そうというわけだ。

雇用者と非雇用者の攻防の様相を呈しているが、メンタルの専門家から見るとこう思われる。

まず、職場のストレスは不可避的であり、そこできちんとしたケアを必要とする従業員の方々は必ず存在する。 「新型うつ」 のネガティブなイメージが暴走することで、こういった本来きちんとケアを受けるべき人たちの障害になるような事態は避けたい。 企業として、職場環境を整え、うつ、ストレスの予防、軽減に努めることはもちろん、うつが発生した場合、産業医、外部の専門家と連携して従業員のケア、復帰に最善のシステムを用意することは不可欠だ (残念ながら、一部の大企業を除いてシステムが整っているところは少ないのが現状だ) 。 それはひいては、企業としての質を上げ、従業員を守り、自らの経済的負担も軽減することにつながる。 日本、そしてこちらでの産業精神保健と企業の意識のさらなる改善を望みたい。 我々メンタルヘルスに従事する者は、喜んで協力するであろう。

次に、この 「新型うつ」 という概念の出現の背景には、先の社会構造の変化とともに、日本人の精神の変化が透けて見える。 シンプルに表現すれば、「まじめさ」 と社会への帰属意識の減退である。 仕事に純粋に打ち込み、組織においてよきチームプレーヤーであり、フェアプレーをし、そこに自己実現や家族の理想を重ねる。 日本に限らず、失われてきている価値観を感じる。

「新型うつ」 は、『新型』 でもなんでもないが、世相を映す鏡にはなるかもしれない。 雇用者、非雇用者のどちらの責任という議論ではなく、職場のメンタルヘルスの改善に役立つといいなと思う。