レジリエンス
イェール大学にいた頃、デニス・チャーニーという人がいました。
人を圧倒する、エネルギーに満ちあふれた風貌の持ち主でした。当時、イェールの研究部門の長だったと思うので、実際優秀で大変力を持った人でした。上司である彼とのミーティングには、緊張して行ったことを覚えています。
さてタイトルの「レジリエンス」ですが、日本では本のタイトルにもなり、認知度が高まっている言葉です。
もともとは物理学の言葉であり、金属などに負荷がかかって変形した場合、元の形に復する力を指すようです。これがメンタルの領域に取り込まれ、人間のこころがストレス(負荷)にさらされた時に、それをはねのける力とされています。
デニス・チャーニーは、この「レジリエンス」を「サイエンス」して、一つの学問体系にした人物です。当時、イェール大学近郊に退役軍人病院があり、そこに国立PTSDセンターの臨床脳科学部門が設置されました。同じくイェールのスティーブ・サウスウィック教授が「レジリエンス」に取り組みます。その道のりのスタートは、地道なものでした。
ヴェトナム戦争で捕虜となった30数名のアメリカ人兵士たちの多くは、過酷な体罰や環境を10数年にわたって生きのびた人たちです。議員のジョン・マッケイン氏も含まれていたようです。チャーニーたちは、何時間もかけてインタビューし、彼らがストレスを乗り切った理由(特性)を調べました。
この特性、つまり「レジリエンス」の要素のうち、代表的なものは以下でした。
1. 楽観性
自らの状況が大変であることを客観視し「でも自分は乗り切るよ」と思える人たちだった。
2. ソーシャル・サポート
独房内で捕虜同士のコミュニケーションが取れなかった時「タップ・コード」を使って、壁越しに交信したそうです。お互いを支え合い、終生の友情を培ったと言います。
3. 思考の柔軟性
「この困難には理由がある」「これは自らが成長するチャンスだ」など、考え方を柔軟に持っていける術があった。
4.倫理規範など拠り所にするもの
スピリチュアリティ、宗教、信念、あるいはシンプルに「自分はこんなことで潰されないよ」という「拠り所」を持っていたとされます。
サウスウィックとチャーニーの共著では、さらに10ぐらいの要素が取り上げられています。ご参考にしてください。
また、チャーニーが自ら語っている映像は、
Dennis Charney: Resilience Lessons from Our Veterans
Dennis Charney: Resilience Lessons from Our Veterans
彼の風貌についておわかりいただけるかと思います(当時より少しソフトになったかな。“デニスすみません(笑)”)。マインドフルネスや運動について触れていることも印象的です。
さらに「レジリエンス」の脳科学について知りたい方は、
"Resilience: The Science of Mastering Life's Greatest Challenges" by Dr. Dennis S. Charney
あるいは、科学論文になりますが、以下をご参考にしてください。
Russo SJ, Murrough JW, Han MH, Charney DS, Nestler EJ. Neurobiology of resilience.
Nat Neurosci. 2012 Nov;15(11):1475-84
全文: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3580862/pdf/nihms443794.pdf
その後チャーニーは、NIMH (National Institute of Mental Health)にディレクターとして引き抜かれ、さらにはニューヨークのマウントサイナイ大学医学部のDeanになっています。
最近の映像では、
Push Up Challenge for Prostate Cancer
やはりエネルギッシュですね。彼の腕立て伏せを見てください。
「レジリエンス」は戦争や自然災害などのストレスに限らず、日常の大小のストレスで問われます。明らかになった「レジリエンス」の特性は、生まれ持ったものとは限りません。誰もが、人生の中で培っていけるものであることがわかっています。