自律神経失調症とは

 アメリカには「自律神経失調症」という診断はありません。

日本では現在も比較的多く用いられる診断です
が、一体これは何でしょう?

統合「失調症」というように、つまり自律神経がうまく作動していない状態のようです。ただし、もう一度申し上げますが、自律神経失調症の医学的診断基準はありませんし、確定診断のための検査はありません。

我々が時にいうところの、「ゴミ箱的診断」というものです。

つまり「きちんとした診断基準には当てはまらない病態で、困ったからこの診断をつくって入れてしまおう」ということです。

「適応障害」というのもお聞きになったことがあるかもしれませんが(こちらは医学的診断ですが)、やはり他の診断にも当てはまらない場合に用いられます。

※ちなみに自律神経失調症に医学的診断カテゴリーはないといいましたが、ICD-9あるいはICD-10とよばれる国際診断基準では、「Unspecified Disorder of Autonomic Nervous System」あるいは「Disorders of Autonomic Nervous System」などという診断に属すと考えられています。いずれにしても曖昧模糊とした概念であって、その概念に嫌疑的な医者も多いとされます。ウィキペディアによりますと、1961年ごろに東邦大学の阿部達夫が定義したものだそうです。

実体は定かではないけれども 、この「自律神経失調症」という診断は非常に多くみられます。

自律神経というのは、交感神経と副交感神経を指し、我々の意志ではなく「自律」して活動することからこのような命名になっています。心臓はもちろん、胃、腸、皮膚など身体のいたる所に脊髄から(あるいは脳から)分布しています。

 

交感神経は興奮時に作動し、副交感神経はリラックス時に作動するというのが、非常に平たく言った定義です。例えば心臓は交感神経により拍動を活発にし、副交感神経により拍動が穏やかになるわけです。丁度、車のアクセル(交感)とブレーキ(副交感)のような関係です。

では「自律神経失調症」は具体的にはどのような状態なのでしょうか。

例えば「胃がしくしくする。胃カメラをのんでも異常はない。最近ストレスが多い。ストレスがかかると特に症状が悪化する。そして、胃以外にもどうも体調が悪く、同じようにストレスがらみである」。

 

日本人は「胃」が命(つまり、ストレスが胃に表れやすい)ですから、このような状態は多くみられます。「ストレス性胃炎」「心臓神経症」などわかるようでわからない診断も、この「自律神経失調症」という診断と紙一重のところがあります。自律神経は全身に張り巡らされていますから、不定愁訴とよばれるように身体の複数の場所に、確立された疾患では説明しにくい状態があるといったものです。

アメリカではどうでしょうか。

上記のICD-9やICD-10の「ゴミ箱的診断」を使う人は少ないと思いますし、精神科/心療内科独自の診断基準では該当するものがありません。他の確立された診断の「身体表現性障害(ストレスなどが身体の症状として表れる場合)」や「パニック障害」「うつ病」「適応障害」などで表現される場合が多いかと思います。

 

ところで「自律神経失調症」という診断がはびこったひとつの理由に、例えば「うつ病」という診断だと偏見があるため、対外的診断としてソフトなものを用意したという経緯もあるようです。

私はこの診断名に決して否定的ではありませんが、なぜなら、日本人の曖昧さとクリエイティビティがよく表れているからです。ですが、国際的には非常に独特であり、不用意にはびこっている嫌いがあります。ですから、日本から患者さんがこの診断で紹介されてきたときは、ニュアンスはわかりますが、正確さを避けている嫌いがあり困ることもあります。

さて、診断の歴史と概念についてはこれ位にします。なにより、自律神経失調症という状態が非常に頻繁にみられ、その治療に困っている方がたくさんいます。

まず大事なことは、「自律神経失調症」という不正確な診断で、実は存在する原疾患(「うつ病」など、診断が確立されたものですね)を看過していないかということです。それが見逃がされなければ、その原疾患に対するより確立した治療を受けることができるからです。

診断的には、注意深い問診、アセスメント、関連疾患の除外、などとともに、いくつか興味深い方法があります。例えば、HRV (Heart Rate Variability)といって、心拍のばらつきを「交感神経」と「副交感神経」のバランス、ひいては自律神経のバランスの評価に用いるものです。科学的、医学的に根拠がしっかりしたものかといいますと若干弱い部分がありますが、限られた手で曖昧模糊なものを何とかしようとする臨床の現場ではひとつの選択肢になります。

 

その他、ストレスホルモン(コルチゾール、CRFなど)を血液中、尿中などで計る、皮膚のコンダクタンスなどを用いるなど様々な補助的診断方法の可能性があります。医師ではない専門職で、それぞれのバックグランドを生かして、ユニークな評価法を持ってらっしゃる場合もあります。

さて、はっきりした他の診断に収まらず、つらい症状が続く場合にどう治療を行うか。ストレス性の疾患(うつ病、パニックなど)にならった治療をアレンジして行うことが多いようです。実際その治療効果は良好です。

「自律神経失調症」を十分に治療しないことで、うつ病などに発展することもありますから、これは理にかなった面もあります。ただ、ストレス性の疾患に万能薬的なところのある「抗うつ薬」を用いるには気が引ける場合もあります。他にカウンセリング、行動療法など様々な選択肢があります。

しかしそれがベストではない場合もあります。ここからがさらにクリエイティビティが必要なところですが、代替療法的なアプローチは比較的試みられます。つまり、鍼、漢方、カイロ、マッサージなどです。

 

日本人、アジア人の方々にとってこういった文化があるのは幸いなことです。ただ、もちろんそれでも十分に改善しない場合は少なくありません。

「自律神経失調症」は身体とこころの交差点で発生します。それにそぐった一つの有力なアプローチがあります。バイオフィードバックです。

これには長い歴史があり、医療の現場で確立した部分があります。バイオフィードバックとは、身体の働きを示す何らかの数値などを指標に、身体のバランス状態をよりよい方向に自分の意志でもっていくという治療です。

具体例をあげます。

心臓の鼓動をモニターをつけることで、心拍数を目に見える指標とします。先に触れたように心臓の鼓動は「交感神経」と「副交感神経」のバランスの産物ですから、リアルタイムでモニターしながら、これを下げる(副交感神経が優位な状態)ように自分で努めるのです。それには呼吸法を用いる場合もあれば、ポジティブな考えをイメージする場合もあります。「自律」神経は、普段は勝手に活動してくれていますので、その働き具合を我々は知りません。

 

しかし、こうやって数値化してみること(フィードバック)でそれを認識し、意志による取り組みで調整しようとする、のです。トレーニングを続けることでこのスキルは改善します。心臓の鼓動(心拍)をさらに発展させたものがHRV (Heart Rate Variability)で、「交感神経」と「副交感神経」のバランスをよりよく表すのがわかってきて、これを用いたバイオフィードバックもでてきたわけです。

 

身体からの指標でなく、脳波や脳の活動を用いると、ニューロフィードバックといいます。近未来の話ですが、脳の活動(酸素代謝、血流など)をfMRIなどという高価な機械で計ることにより、それをよりよい方向に自分でもっていくというタイプのフィードバックも考えられてきています。

アジア人はストレスが身体の症状に表れやすいというデータがあります。逆に言えば、身体に警告サインがでるまで我慢をする、あるいは偏見が邪魔をして受診しないという見方もあるようです。心身のつながりをことのほか重視してきた歴史をもつ我々ですから、こういった健康問題には敏感でありたいですね。