このコラムでは 「こころ」 についてざっくばらんに触れ、オープンに話すことを元来の目的にしています。 そこで、これまでの流れを少し離れまして、「こころ」 をキーワードにした話題をひとつ取り上げたいと思います。 数学者の藤原正彦氏の著書からです。 夏目漱石の 『こころ』 が登場します。

藤原氏の 『国家の品格』 というベストセラーの中であったかと思いますが、彼が留学時代 (アメリカ?あるいはイギリス?) に現地の知識人から受けた質問に関してです。

夏目漱石の 『こころ』 の 「先生」 の死と三島由紀夫の死に違いはあるか

というもので、当時の藤原氏はうまく答えられなかったと述懐しておられます。 このエピソードを通して、日本人が対外的に自国の文化なりをよく知らないといけない、という指摘だったと思います。

私は、藤原氏のように祖国愛、愛国心的な部分には傾倒しておりませんが、このくだりが、興味深い質問としてひっかかりました。 そこで、当時のこの質問について色々調べてみることにしました。 (皆さんはこの質問の答え、どう思われますか?)

ご存知のように、夏目漱石の 『こころ』 は、友人の 「K」 を裏切ってある女性を奪い、彼を死に追いやった 「先生」 が、その罪の意識にさいなまれた後、自死するという話です。 いわゆるエゴと倫理観の葛藤を描き、人間の 「こころ」 の深淵を見せる大正初期の作品です。 もう少し言いますと、友情、忠誠心、自己犠牲といった美徳が 「こころ」 のあり方として問われています。 明治から大正へ移行する時代の人間の 「こころ」 について、この文豪が送ったメッセージでもあります。

一方、三島由紀夫の自決については極めて有名ですが、1970年11月自衛隊市ヶ谷駐屯地にて、自衛隊決起を促した後の出来事です。 多分に右翼的 (本人は既存の右翼とは異なると主張) であり、日本人としての誇りを促す国粋的な要素をもつ行動でした。 また、自らの死を通して、その主張を強調し、周囲を振り向かせ、鼓舞するというエゴの発現であったとも言えるでしょう。 三島は自己犠牲を美徳としていたようですから、そういった心理もあったのでしょうか。

さて藤原氏が尋ねられたという上記の質問ですが、私の答えは、両者は違うというものでした。

「先生」 の死については、罪悪感が前面にあり、自己の不誠実さに対する強い自責の念が主因と思われます。 自己の内面との対峙の結果とも言えます。 上に示した三島の死の性質とは異なっていると感じたからです。

ただ、『こころ』 の中では、乃木希典将軍の自決が、「先生」 の自決の引き金として描かれている (乃木将軍は司馬遼太郎の 『坂の上の雲』 ドラマで、柄本明が演じて、203高地などで登場しています)。 夏目漱石は、明治天皇の崩御、乃木希典将軍の自決を受けてこの小説を書き始めたとされており、明治の精神の終焉とそれへの殉死が、「先生」 自決の背景にある夏目漱石の隠された意図だそうです。

 

この点は、唯一、「先生」 と三島由紀夫の死の接点となりえます。 つまり、大義といいますか、自らが忠誠を示すものに対しての表現としての死ということです。 死をもって Honorとする文化と言ってもよいですね。 『こころ』 では、その要素が示唆されているものの、ストーリー上は 「先生」 の死は自責に基づいているという点で、「ねじれ」 があるように感じます。 いずれにしても、明治の精神の真摯さ、誠実さといったものが双方の要素に当てはまる共通点であろうとも思います。 もっと深い解釈もできますでしょうか? 皆さんはどう思われますか?

今回は、書き始めてから期せずして 「死」 についての内容になってしまいました。 「切腹」 ではありませんが、一時代前の日本でそのような目的のために人間の命が絶たれていたことには、複雑な思いです。

文化庁長官となったユング派の心理士、河合隼雄氏は生前に言っていました。

この世には、二種類の質問がある。答えがあるものと、はなから答えなどないものだ

ここで答えがないというのは、答えを問うまでもないという意味にもとれるでしょう。 自らの命を絶つことの是非については、後者の種類の質問だと思います。

今日あなたが何気なく過ごした一日は、昨日亡くなった人が生きたかった一日です

と言った人がいるそうですが、この言葉をもって今回の締めくくりとさせていただきます。