​グリーンランド 前編

突然ですが、皆さんはなぜ旅に出るのでしょうか?

日々の生活から抜け出し、自由に羽を伸ばしたい。未体験の景色や文化に触れて、気持ちをリセットしたい。そんな「非日常」を求め、旅に出る人も多いのではないかと思います。

私が著書「最高の休息法」で紹介するマインドフルネスとは、日々のしがらみから自分を解き放ち、五感に意識を集中させることで心と頭に深い休息を与えること。近年の脳科学でも証明される、優れた休息法です。

日常生活で私たちは、自分で意識している以上のしがらみに囚われています。仕事をし、食事をとり、眠りにつく──。まるで「自動操縦化」した毎日の中で、さまざまな心配事や雑念が心のどこかで常に引っかかっている。それは、野生の馬に首輪をつけているようなものです。

首輪を解き放てば、馬は荒野を自由に闊歩できる。人間の心も同じです。旅を利用して己を日常から解き放つことは、深い心の休息につながるでしょう。旅とマインドフルネスの相性はとてもいいのです。

annie-spratt-qyAka7W5uMY-unsplash.jpg

また、マインドフルネスの概念のひとつに「ビギナーズ・マインド」という考え方があります。慣れ親しんだモノやコトから解き放たれて、五感を使って初めて出会う環境をみずみずしく体験する ──。旅はまさに、そんな新鮮な気づきを得る機会に溢れています。

しかし、ただ非日常的な場所に赴くだけでは、完全にマインドフルネスな旅はできません。例えば、旅先のレストランで思った席に座れず、腹を立てている人を見かけますが、「こうあるべきだ」という枠組みにまだ囚われている証拠です。

怒るのではなく、「そもそも、どうして旅に出てるのかな」と笑って楽しむ。それができて初めて「ビギナーズ・マインド」に立ち返った、マインドフルな旅といえるでしょう。

そんな心休まる旅をするには、どうしたらいいか?旅で経験するマインドフルネスな瞬間を、私自身の旅の体験談から紹介してみます。今回は、マインドフルネスでもお馴染みのフレーズである「Go with the flow」 ──身を流れに任せ、旅を楽しむ極意を、グリーンランドの旅行記とともにお届けします。


コロナ禍でなかなか自由に旅ができない日々が続いていますが、いつか再び世界を旅できる日が来たときに、ぜひこのメソッドを実践しておこもり生活のしがらみから自分を解き放ってみてください。

599eff43289cc621008b5533-w1280.jpg

私がグリーンランドに訪れたのは数年前の夏、7月の終わり頃でした。当時、私のグリーンランドにまつわる知識はほとんどゼロ。そんな未知の世界を旅先で選んだきっかけは、ドイツ人の友人で山岳ガイドのシュテファンのある一言でした。

「グリーンランドには”本物の自然”があるよ」

“本物の自然”は一体どんなものなのか。きっとそれは私の心を揺り動かすものに違いない。そんな好奇心と確信を胸に、私は旅に出たのです。

私は「セレンディピティ」、つまり「偶然の出会い」をいつも大切にするようにしています。ツアーで人気な場所だから、観光ブックに取り上げられているからという理由で……旅先を選ぶ事はほとんどありません。決して著名な場所でなくても、何かの縁を感じれば訪れてみる。旅に出る理由はそれだけで十分です。

 

アイスランドの空港でシュテファンと合流し、チャーターしたボートに乗り換えいざグリーンランドへ。目的地は、グリーンランドの中でも比較的マイナーな東海岸にある町「タシラック(Tasiilaq)」。 北極圏(北緯66度以上)から105キロほどのところにあり、夏でも夜間は氷点下近くになる極寒の町です。

640px-Tasiilaq_-_Greenland_summer_2009.jpg

タシラックに着いて、まず印象的だったのが墓地です。私たちが見慣れた墓石には、そこに眠っている人の名前が刻まれていますが、それがない。「名前は次の世代に引き継がれ、死者はただ去るのみ」という考えがその理由だそうです。所有するという感覚が一切なく、今ここにあるものを皆でシェアリングして使っていく。まさに究極のミニマリズム、枠組みに囚われないグリーンランド流の生き方なのです。

タシラックでの私たちの宿は「レッドハウス」というホステル。ロバート・ ペローニというイタリア人の登山家がオーナーを務めています。彼はレッドハウスの経営を通じて雇用を創り出したとして、地元の人たちから”救世主”と呼ばれ愛されています。そんなレッドハウスで、私はこの旅での最初の転機「Go with the flow」の機会に巡り合ったのです。

ph_10.jpg

レッドハウスには私たちより前に2人のドイツ人が訪れていました。彼らの名前はトーマスとルイザナ、 ミュンヘン大学の数学教授とその生徒といいます。何やら暗く、神妙な面持ちをした2人。

訳を聞いてみると、友人のウィルフレッドが亡くなり、その弔いをするためにグリーンランドに訪れたのに、まだそれが達成できていないと打ち明けてくれました。

ウィルフレッドの名を聞いて一番衝撃を受けていたのが、私と同様、2人とは初対面のはずのシュテファンです。それもそのはず、ウィルフレッドは「クロッシング(Crossing)」と 呼ばれるグリーンランド横断を過去5回も成功させた大冒険家だったのです。


_______________________________


次回、後編もお楽しみに。