これは私が読んだ2019年のベスト記事「The Life-Changing Magic of Having ‘Enough’(Forge 9月27日付け)」なのですが、こんなストーリーです。

彼は若き作家で、かつての夢は一冊の本を出版することでした。やがてそれは叶います。25歳のときでした。ところが直後に別の考えが浮かびます。「本当の成功って、ベストセラーを出すこと」。

そう思うと、処女作のタイトルを壁に貼って賞賛する前に、次の作品のプロポーザルを書いていました。

億万長者になりたかった。なりました。家を持ちたかった。持てました。

すると次の考えが、「これができたんなら、欲しいものなんでも手に入るじゃん」。

そして、程なく家をリフォームし始めます。もっと欲しかったからです。

一冊の本の夢は、一年に一冊になっていました。すでに9冊が出版されます。そして10冊目にかかっています。

人類の歴史で、征服者は満足することがなかったし、何かに近づいては、次、次と新たなゴールを追いかけるのです。彼は、ようやく我がストーリーを振り返ります。そしてはたと考えます。

「これは幸せへの道?いい仕事をすることになるの?」

『キャッチ22』という著名な小説を書いたジョセフ・ヘラーが、あるパーティーに行ったときのことです。ビリオネアの所有する宮殿のようなセカンドハウスで行われました。

友人が聞きました。

「ジョー、君が『キャッチ22』で稼いだ金を、このホストなら1日で稼いでるとしたらどう思うよ」

ヘラーは答えました。

「でも俺が持ってて、彼が決して持てないものがあるよ」

「そりゃ一体なんだい?」

「足るを知ってることさ」

達成を求めることは、人に高い満足をもたらし、人生のいろどりになると思います。幸せともつながるでしょう。この作者は、しかし、それとは違う、終わりのない天井への道のりを嘆いています。それは、常に追われる、人と比較する、決して心穏やかな道ではありません。彼は気づきます。制作と静けさ(=もっと、もっとではない)が同居しうることを。

これが示すことは、向上心と天井なき欲には明確な違いがあるということです。前回で、60数歳まで本当の自由を得られなかった人は、「階段の踊り場」という表現をよく用いました。つまり、次の段への充電期間です。これが意味するのは、常に階段を登り続けなければいけない宿命です。またある方はこう言いました。「全てが通過点。よくやったと自分を褒めることなどない。なんで私はいつもこうなのだろう」達成の満足がないまま進む、天井なき欲の特徴です。

これを私は、急行列車と例えています。各駅で一つ一つを味わうことがないからです。そういった方は、常に時間がなく、ぽっかり空いた時間を楽しめないことも多い。「もっとできる」といつも自分に発破をかけているのです。

脚本家の小山薫堂さんは、熊野古道を歩きながら、下りがあれば登りがあるんだねー、登りがあれば下りがあるんだねーと言っていました。天井なき階段でなく、こんな足るを知った平たい道を歩んで行きたいものですね。あるいは、よくヨガのクラスで「昨日の自分と比べるのはやめましょう。今日の状態を受け入れましょう」と言います。その時の自分を受け入れる、いつも各駅停車でいたいですね。

向上心を持ちつつ、静けさを持って、何かを達成していきたいものですね。会社でもチームが無心で集結した時、思いのほかの力がでますね。幸せはそこにあるわけです。階段もあれば、砂利道もある、高い段も低い段も、人それぞれでしょう。でもこの人生の定理はすべからく当てはまるのです。世間で成功者と言われる人も、今日自分を確立する途上の人も、すべての人に当てはまるフェアなルールなのです。