いつからか人間は「非生物的」になってきているわけです。
生物的の代表は「怖れ」ですけども、人間がネガティブなのはその表れです。生物として生存し続けるために怖れをもち、将来をネガティブに見積もるわけです。悪く見ておけばそれだけ準備ができますし、生存する確率が上がるのです。
「非生物的」は、この場合ポジティブになることです。それは幸せと繋がるわけですが、その切り替えは容易ではありません。ネガティブがデフォルトだからです。なのでポジティブになるのは本来の姿に反しており、工夫がいるのです。

生物的には他者を攻撃することが理にかなっています。
一方、「ゆるすこと」は非生物的なわけです。
『それでも話し始めよう』(アン・ディクソン)というコミュニケーションの本の中では、「私たちは人を責めることが好きです」とはっきり書いてあります。
復讐をすることは人間にとって快楽であり、ある脳の活動(腹外側前頭前野と腹側線条体)が関連しているとの研究報告もあります(参照)

それら生物的な性(サガ)に反して、非生物的な「ゆるし」は大変難しいわけです。ひょっとしたらネガティブをポジティブにするよりも。

ジョン・ゴットマンという結婚についてのエキスパートは、ゆるすことは愛情次第であると言っています。
同様にジェラルド・ジャンポルスキーは『ゆるすということ』の中で、私たちの中にある「裁きたい」という本能に抗うベストの力は「愛」だとやはり表現しています。

この宗教的には頻出するけれども、大変難しいゆるすということは、私たちが非生物的にさらになっていき、そして幸せになる一つの道のようです。ジェラルド・ジャンポルスキーがゆるすことは自由と幸せと希望をもたらす一種万能薬であるというのも頷けるわけです。

エベレット・ワーシングトンは長年ゆるしについて研究してきた心理学者です(参照)。自身、母親を殺害され、弟を自殺で失うという経験をし、殺人者と自分自身をゆるすという行為を実践してきました。ゆるしには二つあり、決定としてのゆるし(Decisional Forgiveness)と感情としてのゆるし(Emotional Forgiveness)です。ゆるすと決めても感情がついてくるとは限りません。

彼のウェブサイトでは、無料でいくつかの自分でできるワークブックが載っています。
その中から、「The Path to REACH Forgiveness: Less Than Two Hours to Becoming a More Forgiving Person」という2時間でできるゆるしのトレーニングからです。

文献からゆるしを経験するという章では、以下の格言が出てきます。

"History, despite its wrenching pain
  Cannot be unlived, but if faced with courage 

  Need not be lived again."

---Maya Angelou

"Resentment is like taking poison and waiting for the other person to die."

---Malachy McCourt

これらを読んで、
     1)自分に起きた反応を一つの言葉にする
もう一度読んで、
     2)格言の何が自分の感情を掴んだかを記す

 

といったことをします。

さらにはレ・ミゼラブルの映像から。

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なぜ司祭はゆるしたのか?
それに対してValjeanはどう感じたか?

を考えてみるのです。

彼曰く、「共感」「痛みを思いやる気持ち」「愛」がゆるしを培う秘訣だそうです。

「ゆるす」というのは、ただ生存するだけでなく、幸せになるための人間ならではの「非生物的」な行動という話でした。

ゆるすということ
もう、過去にはとらわれない
ジェラルド・G.ジャンポルスキー

参考文献:Pryluk, R., Kfir, Y., Gelbard-Sagiv, H., Fried, I., & Paz, R. (2019). A tradeoff in the neural code across regions and species. Cell, 176(3), 597-609.